三国時代から見る韓国人の人柄
韓国のおじいさんから聞いたお話です☆
韓国の過去の歴史の中に、北の高句麗、南東の新羅、南西の百済と、三国に分かれて争った三国時代という時期がありましたが、現在では高句麗は北朝鮮・ソウルのある京畿道・江原道・忠清道、新羅はプサンのある慶尚道、百済は全羅道、というエリア分けになっています。
百済はご存知の通り(?)、日本との友好関係が強かったせいか日本人的な人柄の気質があり、全羅道の人たちの人柄は、例えると「鉄鍋」になるそうです。
つまり、比較的人間関係において短期間で親しくなり、情が熱くなりやすい、という長所がありますが、逆に鉄鍋と同じように冷めやすい所があり、人間関係でも、親しくなった関係が急に冷めてしまうことがある、という傾向があるそうです。
次に、百済の横に位置していた新羅ですが、現在の慶尚道の人たちの人柄は「土鍋」に例えられる、ということです。
土鍋というのはなかなか熱くなるのに時間はかかりますが、一度熱くなってしまうと簡単には冷めないという性質があり、人間関係においても親しくなるまでに時間はかかりますが、一度仲良くなると、その友情や関係は長く続く傾向があるそうです。
最後に高句麗ですが、チュモン(朱蒙)のドラマなどでもご存知のように、高句麗は中国と隣接した国で、しばしば戦争などをして互角に渡り合っていることもあり、高句麗の子孫の人たちは優秀で、体なども大きい、という特徴があるそうです。
たしかに、韓国には身長が高くて、スマートな人たちをしばしば見かけますが、そういった人たちは高句麗の末裔の人なのかもしれません(笑)
また、特に現在の北朝鮮に当たる場所で生まれた人たちには、非常に優秀な人が多く、戦後南に来て事業を成功させたり、北朝鮮の美女応援団などが話題になった時期もありましたが、韓国人の本当の美人は北朝鮮にいる、という話もあります。
知り合いの韓国人を考えてみると、結構いままで挙げたような傾向はあるかな?と思わなくもなく、韓国人を深く知るためには、韓国の歴史・文化・地理へ対する理解がもっと必要だな、と思わされます。
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